模写しました: “一発屋”髭男爵、テレビ局で味わう「場違い感」 まず受付で足止め
用意されるのは、スタジオから一番遠い楽屋。受付では入館にもたつき、
番組観覧のおばちゃんに先を越される。かつて毎日のように訪れたテレビ局も
“一発屋”となった今では気まずい場所に。「俺...場違いかな...」。
気後れしながら、それでも貴重な仕事のため、月に数回、足を踏み入れている。「最近、見ない!」「髭男爵、消えた!!」
“一発屋”にとってテレビ局は、あまり居心地が良い場所ではない。
かつて、「一度売れた」際は、毎日のように訪れたテレビ局。
お台場→汐留→再び、お台場→深夜に六本木。
一日で、幾つもの「在京キー局」を飛び回ることも珍しくなかった。しかし、今では、飛び回るのは、地方のスーパーやハウジングセンター。
この一週間だけでも、千葉→広島→山梨→三重→大阪→兵庫と、
「物流関係のお仕事ですか?」
と聞かれそうな、トラックドライバー感溢れるスケジュールである。これでは、SNS等で、
「最近、見ない!」
「髭男爵、消えた!!」
などと、「極一部の方々」に揶揄されても致し方ないが、全くテレビ局に行かないわけではない。月に二、三回は、仕事で訪れる。
その事実を知らせ、「極一部の方々」に安心して頂きたいが、彼らは匿名で、
「消えて」、「見えない」ので伝える術がない。
残念である。
「えっ...なんで?」幽霊でも見たようにとは言え、月に二、三回では、休業に等しいのも、また事実。
テレビ局への訪問は、間が空き過ぎたものとなるため、毎回、様変わりも激しい。
馴染みのある番組は終了し、出演したことがない新番組が増える。その昔、「ネタ番組」で凌ぎを削った人間の一部は、出世し、次なるステージへ。
俺同様、「一発屋」に成り果てたものもいれば、新たに台頭した人気者は数知れず。
数カ月単位で繰り返される「新陳代謝」は、さながら、雑なパラパラ漫画。
展開が、劇的に速い。何年か振りの地元で、
「へー...こんな所にコンビニ出来たんだ!?」
どころの騒ぎではないのである。四十男が情けない話だが、
「場違いだな...俺」
と、気後れしてしまう。そう感じているのは、周囲も同じ。
局の廊下で、以前、仕事をしたディレクターを見かけ、挨拶をすれば、
「えっ...なんで?」
運悪く、幽霊でも見てしまったかのような表情。
明らかに、戸惑い動揺している。
彼にとっても、僕は、テレビ局に存在するはずのない人間。
つまり、「場違い」なのだ。
楽屋の位置は、芸能界のヒエラルキー「場違い」と言えば、文字通り、場所が違うのが、楽屋である。
通常、「売れっ子」の楽屋ほど、収録が行われるスタジオに近い。
勿論、その方が、何かと便利だからである。駅近物件ほど、家賃が高いのと同じ理屈。
楽屋の位置は、芸能界のヒエラルキーそのものである。
当然、「一発屋」の楽屋は、スタジオから遥か彼方、遠く離れた場所にある。僕の経験上、全ての芸能人の中で、最も遠いと言っても過言ではない。
まるで、徳川に刃向かった、外様大名。
参勤交代よろしく、スタジオへ向かえば、息切れし、汗だくになる。
気分は、保健室登校「一発屋」の楽屋は、静かである。
本番前の準備で忙しいスタッフの喧騒や、挨拶回りに余念のない女性タレントの嬌声も、
我々の楽屋までは届かない。
竹林に佇む、茶室さながら。耳を澄ませば、蛙が古池に飛び込む音でも聞こえてきそうである。
他の「一発屋」と相部屋であれば、病院の待合室のような光景になるが、
気は紛れる。しかし、一人で居るともう駄目。
気分は、保健室登校。
どうにも、気が滅入って仕方がない。打合せに訪れたディレクターが、この時ばかりは、救世主のように思える。
数分後に、彼が原因で、更に居心地が悪くなるとしても。
「“一発屋”ということで...」「すいません!!」「あのー...すいません...」
何やら沈痛な面持ちの、ディレクター氏。
遺族にお悔やみを申し述べるような声色で、
「いや...失礼な言い方になって、本当に申し訳ないんですが...ごめんなさい...」
やたらと謝る。「今回ですね...髭男爵さんが...そのー...」
不治の病を宣告する医者の如き、苦渋に満ちた表情。
そして、ようやく、
「“一発屋”ということで...」僕の病名、もとい、企画の趣旨を告げるのだが、
「すいません!!」
それを追い越さんばかりの勢いで、再び謝罪が飛んでくる。どうも、面と向かって「一発屋」呼ばわりするのが、気が引けるらしいが、
謝る必要などない。
僕とて、貴重なテレビ出演の機会に涎を垂らして、ノコノコやって来た身。
最高月収を発表し、惨めな現状をぼやく。「一発屋」にお声がかかるのは、「一発屋」企画の時...全て承知の上。
与えられた役割を果たすのみである。しかし、そんな僕のささやかなプロ意識も、謝られては台無し。
一見、僕に対する気遣いにも思えるが、その実、
「こちらは、礼儀を尽くしましたよ!」
という、自分の良心に対する「アリバイ工作」に過ぎない。
「一発屋」は、テレビ局に入れない「一発屋」が、気まずい思いをすることが多い、テレビ局。
しかし、それ以前に、我々は大きな問題を抱えている。
「一発屋」は、テレビ局に入れない。
いささか、矛盾した物言いになるが、あながち嘘でもない。テレビ局に訪れて、まず最初に向かう場所は受付。
カウンターの向こうで、笑みを絶やさぬ妙齢の女性に、
「お疲れ様です!サンミュージック、髭男爵です!!」事務所とコンビ名を伝えれば、
「少々お待ち下さい!」
すぐさま、パソコンのキーボードを叩きはじめる。事前に通知された、本日の来訪者のデータを紹介し、
「はい!楽屋は○○となっています!行ってらっしゃいませ!!」
手渡された入校証で、改札を通り、楽屋へ。「売れっ子」であれば、この一連の段取りは、非常にスムーズ。
数十秒もかからない。
「売れっ子」はスムーズに入館僕にも、そんな時期があった。
それどころか、週に何度も訪れる局だと、受付に辿り着く頃には、
入校証が準備されている。
遠目に僕を確認し、先に照会を済ませてくれたのだろう。
事実上の、「顔パス」である。僕は、
「お疲れ様でーす!」
と軽く会釈し、受け取るだけで良い。
マラソンの給水ポイトで、駆け抜け様、ドリンクを手にとるのと同じ要領。
立ち止まる必要さえない。しかし、今や、「一発屋」。
事情が変わった。「おはようございます!髭男爵です!!」
僕が、そう告げてから、どれほどの時が経ったか。
受付の女性が、キーボードを叩いた回数は、すでに短編小説を一遍上梓出来るほど。
それでも、僕の名前を発見できないでいる。しまいには、パソコンを諦め、手書きの台帳まで捲り始めた彼女に、
「○○って番組で、特番だと伺っています!」
「担当ディレクターの名前が△△さんです!!」
痺れを切らし、助け舟を出す。
溺れているのは、僕だが。もたつく僕を尻目に、「売れっ子」や関係者たちが、何の支障もなく次々と受付を済ませて行く。
挙句の果てには、番組観覧のおばちゃん連中にまで、先を越される始末。
惨めである。
苛立ちと、恥ずかしさで、汗だく大体、いくら探そうが無駄なのだ。
パソコンにも、台帳にも、僕の名前は載ってはいない。
何故なら、僕の来訪は、最初から受付に連絡されていないのである。我々、「一発屋」に対するオファーは、常に直前。
そういう、切羽詰まった番組の現場では、
「まあ、いいか...」
我々に関する業務は後回しにされ、結局、忘れ去られる。
「売れっ子」ならいざ知らず、「一発屋」の期限を損ねようが、意に介する者などいない。気の毒なのは、受付の女性。
彼女の胸中が、気にかかる。
目の前には、アポなしの「一発屋」。
苛立ちと、恥ずかしさで、汗だくである。「テレビに出られなくて、情緒不安定になった『一発屋』が、鬱憤を晴らしに来た!」
「嘘ついて、テレビ局に侵入しようとしている!!」
そんな風に思われたとしても、不思議ではない。